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最高裁には悪いが、やっぱり《設置ではない》というのが正しいのではないか

弁護士の“ちょっと一言いいですか”
03 /14 2019
外部リンク:「ワンセグ携帯も義務」確定=NHK受信契約、上告退ける-最高裁

今回は少し、固い内容になるが、我慢していただきたい。

さて、《ワンセグ》とは「ワンセグメント放送」の略で、スマホやノートパソコンなど向けの地上デジタルテレビ放送のことだ。
家庭や職場にテレビを《設置》すると、NHKと受信契約して、受信料を支払う義務がある。
放送法でテレビ等の受信設備設置者は受信契約締結義務があるとされており、その契約には受信料の支払いが記載されているからである。

しかし、ワンセグは《設置》するものだろうか?
《設置》とは、日常用語では据え付けるという意味だろう。
スマホを《持っている》ということはあっても、スマホを《設置》しているなどとは、誰も言わないだろう。
だから、ワンセグ利用者は受信料を支払う必要はないということでよいのか、そういう点が争われた裁判である。

実は、かなり昔に同種の問題が争われた事件があった。
窃盗(泥棒)罪は刑法で「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役・・に処する」と定められている(235条)。
電線に勝手に接続して、無料で電気を使用していたものが、窃盗罪で起訴された。
《財物》とは、日常用語では、形のあるもの(有体物)をいう。
しかし、《電気》はエネルギーで形はないから、財物ではない。
だから、窃盗ではなく,無罪だという弁護側の主張を裁判所は退けた。
《財物》とは支配可能性あるすべてのものをいうのである。
電気は人間が支配することの可能なものであり、《財物》だとされた。
その結果、電気窃盗は有罪とされたのである。
日常用語と全く異なる意味で、法律用語が適用されたのだ。

今回の事件も同種の事件で、日常用語をはみ出る解釈・適用をするべきではないというのが、原告(料金支払拒否者)の主張の根本的動機であろう。
ところで、ワンセグの受信料の要否についてはこれまでにも裁判で争われている。
手元の判例検索システムでこのようなワンセグ事件に関する判例を調査したところ、
・地裁段階の判決数は計4件(支払義務を認めたもの計3件:NHK勝訴率75%)
・控訴審の判決数数は計4件(支払義務を認めたもの計4件:NHK勝訴率100%)  
であった。

今回の最高裁の判決が入手できていないので、最近の東京高裁の判断(H30.3.26判決)を前提にコメントする。
まずこの判決では、次のような理由で支払い義務を認めている。
① 放送法は、その中で 「移動受信用地上基幹放送とは、・・携帯して使用するための受信設備により受信されることを目的とする基幹放送・・・をいう」と規定しており、法律自体が移動受信を対象としている。
② 放送法が平成21年及び22年に改正された際にも、「設置」の規定を変更しようという議論がなされたことがなかった。
これらのことから言えば、放送法がワンセグなどにも設置を前提としていたことは明らかであるとして、受信料支払義務を認めるに至った。

しかし、「移動受信用地上基幹放送」すなわちワンセグなどの存在を知っていながら、従来から使われていた《装置》という文言をなんら変更することなく、そのまま使用し続ける限り、装置の中にはワンセグは入らないという理解も可能である。
もし、ワンセグを含めたいなら、《装置》に関する条文に《移動受信できるものを含む》という言葉を入れることで簡単に解決することができたはずである。

高裁判決が支払いを認めた本当の根拠は、スマホ等で見る場合には、受信料の支払はしなくていいというのはそれは不公平だというものであり、その点は判決文にも明記されている。
私はNHKをよく見ており、事務所の若い弁護士にも《日曜9時から始まる《Nスぺ》は現在の問題点を知るためには不可欠の番組だ、ぜったい見た方がよい》といっている人間だ。
だから、ワンセグに受信料支払い義務を課するのには大賛成である。

ただ、人に一方的に契約の締結義務を課し、金銭的な支払をさせるのなら、争いのないように法律ではっきりと定めるべきだろう。
どのような場合に料金を支払う必要があるのか、その範囲と根拠を明確にする必要がある。
《装置》と条文にかかれている以上、日常用語的に解するのは当然であり、もしそうでないというのならその点を明確にすればいいのである。
それが明確ではない以上、ワンセグに使用料は課すべきではないというのが私の結論である。
当初、このワンセグ事件の話を聞いたときは、なぜ訴訟までするのだろうか、原告は一体、どういう人だろうかと不審に思った。
しかし、この文章を書いているうちに、心境に変化をきたした。
今は、原告達はきちんと明確にしないで支払いさせるのを、権力の横暴ととらえ、これに抵抗している人たちではなかろうかと思うようになったのである。
裁判をし(しかも最高裁までいけば)、それなりの弁護士費用がいるだろうが、あえて、《無謀な挑戦をする》、こんな人たちも必要ではなかろうか。

話が横道にそれたので元の話に戻ろう。
今回の最高裁判決は、立法の不備を、司法が補ったような形になっている。
人に義務を課すのであれば、わかりやすいようにする、そのようなことが必要だ。
国なり、NHKが企業だとすれば、視聴者は顧客ではないか。
顧客に十分な説明もせずに、受信料の支払いを強要するような最高裁の今回の判決には反対である。
その一方で、法律できちんと明確にするという前提が整うなら、ワンセグに視聴料を払わせるようにして、NHKを支えることには大賛成である。

(弁護士 大澤龍司)

小川の中の岩に何か刻まれているものは・・ ~つれづれに万葉(割込編)忍坂の古道を歩く⑩

ボス弁:季節のこころ模様
03 /13 2019
大伴皇女の墓を後にし、鏡王女の墓も下っていくと、忍坂古道に流れ行く小川がある。
小川には沢山の岩が転がっているが、少し大きめのがある。
坂を上がっているときには気づかなかったが、他の岩とは色が違い、やや薄茶色である。
石には興味があるので、この岩、なぜ色が違うのかと不思議に思って、注目したときに気づいた。
岩の表面が長方形に削られ、そこに字が刻まれているのだ。
右下の字は「鏡王女」とある。
続いて3行は「秋山之 樹下蔭 逝水乃」とあり、《あきやまの このしたかげ ゆくみずの》と読むのだろうか、和歌が刻まれている。
川の中にこのような碑があるのには全く気付かなかった。
その後の文字は「吾許曽・・・」とある。
《われこそ》だろうが、その後は読めなかったが、和歌の後半が続いている(※注1)。
末尾に「孝書」とあるので、おそらく犬養孝先生の書のようだが、付近には何の説明板もない(※注2)。
川の中にポツンと置かれている。
気づくならそれでいい、気づかないならそれはそれでいい、ともいうようなふうに。
岩自体は川に転がっている他のものと同じ種類のもののようだ。
近くに寄って見たのではないからはっきりしないが、色が違うのは苔か地衣類のせいだろう。
この岩、和歌を刻むために一旦は川から引き上げられたのではあろうが、再び、小川の中に持ち戻されたのであろう。
注意して見ないと、山から転げ落ちた岩があるな、としか見えない。
この岩の位置やさりげない置き方も、犬養先生がきっと指示されたものであろう。

※注1 本を見ると、全文は次のとおりのようだ。
  秋山の木の下隠(かく)り 行く水の 我こそ 益(ま)さめ 思ほすよりは
※注2 実は、この記事を書いた後に、再度、現地を訪問したところ、説明版を発見した。この点は、今後、別途、《再び、忍坂を訪れる》というシリーズで述べてみたい。


犬養先生の石①
小川の中にある歌碑。
山から転がり落ちた岩という感じだ。



犬養先生の石②
犬養先生って、こんな字を書くんだ。

こんな高いところに大伴皇女の墓があるのは ~つれづれに万葉(割込編)忍坂の古道を歩く⑨

ボス弁:季節のこころ模様
03 /12 2019
舒明天皇の墓より上に、鏡王女の墓があるが、その横に大伴皇女の墓への案内板があった。
《この先 約120m上にあります》と記載されていた。
私は、万葉集の初心者であり、大伴皇女がどのような人物か、また、どのような歌を詠んだかも知らない。
ただ、せっかく来たのだからと山の斜面を上って行った。
なぜ、このような高みに墓を作ったのだろうかと考えながら。
しばらく歩いて、階段を上がったところに墓があった。
鉄の門があり、鳥居があるだけの簡素なものであった。
太陽が沈みかけてきたので、墓の写真を1枚だけ撮って、階段を下りて行こうとした。
その時、はるか西の方に、小さくではあるが、二上山が見え、その左に葛城の山並みも見えた。
舒明天皇よりも、鏡王女より高みに作られたのは、これらの山並みと関係があるのだろうか。大伴皇女が二上山や葛城の山とどのような関わり合いを持っているのか、今はわからない。
私の心の中にこの皇女と2つの山がしっかりと腰を据えたことは間違いない。
将来、彼女の歌を見たとき、その関係がわかるかもしれないし、わからないかもしれない。それでも、いつか解決するかもしれない疑問を蓄えこむ、それは楽しいことだ。



皇女の墓
夕暮れの大伴皇女の墓
細長く伸びた枠の先に階段があり
底を上がれば墓に行きつく。




墓から見える山々
階段をおりるとき見えた二上山、葛城山
はるか遠く、中央にあるはるか遠くの二上山、
その左手が葛城の山並み



震災から8年。子どもの命を預かる責任は遠く重い

弁護士の“ちょっと一言いいですか”
03 /11 2019
 (外部リンク)園児引渡と死亡 教訓は

 今日で東日本大震災から8年。
 このインタビューを受けた園長先生は教育者として非常に重い責任を負っておられます。 
 でも、こんな教育者がいらっしゃる日本はまだまだ捨てたものではない気がします。
 普段からの対策がいかに大事か、思い出させてくれる記事です。

 記事によれば普段から避難訓練などを綿密に行われていたようで、園長先生の重い責任感が伝わってきます。
 子どもを預かる責任はとても重い。東日本大震災のような大災害でなくとも万が一のことがあれば親や家族、友達など多数の人を悲しませることになります。

 私も毎年、震災の日には家族で話し合っていることがいくつかあります。

(災害時の行動)
 ・私が仕事中に通信が途絶えた場合に駆け込む避難所の確認
 ・避難所に行った際には自分の状況や居場所を伝言板に書き込むこと
 
(停電や断水時の対策)
・普段から飲料水を数本は購入し、普段から水を消費し買い替える方法で保存
・電池式のランタンを普段から複数使用し、停電時の灯りに困らないようにする
・カセットコンロで数日はお湯を沸かせる設備を用意し、普段から家族で鍋をする
・災害用トイレを用意しておく。
・災害用セットをリュックに詰めておく

 まだまだ解決していない課題はありますが、毎年いくつかある災害が起きた日に少しずつ追加していきたいと思っています。
 ちなみに、今年は大地震が起きた場合に津波を避けられる近所の避難先が変更になったので、移動に要する距離を確認しておこうと思います。
 
今日で東日本大震災から8年。
 このインタビューを受けた園長先生は教育者として非常に重い責任を負っておられます。 
でも、こんな教育者がいらっしゃるからこそ、日本もまだまだ捨てたものではない気がします。
 普段からの対策がいかに大事か、思い出させてくれました。

地震や台風の場合、なにせ相手は地球です。どんな災害がいつ起こるのかわかりません。避難対策の正解を見つけることは極めて難しいでしょう。それでもこの園長先生のように自問自答をしながら追及していくしかないのかもしれません。

今回はまったく弁護士らしくない内容ですが、みなさま参考になることが一つでもあれば幸いです。

(弁護士 北野英彦)

あのゴーンの弘中弁護士より無罪を多くとった男がいる。

ボス弁:季節のこころ模様
03 /11 2019

笠井弁護士
笠井弁護士

あのゴーンの弘中弁護士より無罪を多くとった男がいる。
先日、東京で同期の弁護士の会合があった。
その中で、ゴーンの話も出た。
衝撃的な話を聞いた。
《おれは無罪事件13件で、弘中さんよりも多い》というのが笠井治弁護士の話であった。
《なぜ弘中弁護士は有名で、お前は有名ではないんだ?》聞いてみた。
《弘中さんは有名事件を担当していたが、おれはそうではない》という。
笠井は民事事件もしているので、刑事事件の件数はそれほど多くはないそうだ。
他の刑事専門の弁護士はこの45年間で無罪判決を得たのは数件という。
比較すると、いかに笠井の無罪件数が多いかがわかる。
NHKの番組「プロフェッショナル」で、《無罪事件のコツを知る弁護士》ということで出てもらいたいなぁ。