(第1回)一番のブラック企業は、なんと公立学校だった!

教師の残業問題
08 /09 2017
teacher_tensaku_man.png  ~教師の残業問題について考える~(弁護士 岡井理紗)

【教師の残業問題について考えます】
 最近、新聞やニュース番組で、教師の残業問題が取り上げられています。
 たしかに、自分の学生時代を振り返ってみると、学校の先生は、授業、部活、人生相談など、様々な仕事を一挙にこなしていたスーパーマンのような存在だったと感じます(当時はまったくそんなことを思っていませんでしたが)。
 学校の先生が仕事に追われ、長時間の残業をしているというのは、先生の仕事内容からすると、当然の結果です。
 今、なぜ教師の残業が問題になっているのか?
 どのような点が問題なのか?
 これから数回にわたって、考えていきたいと思います。

【教師の仕事の現状は?】
 教師の労働問題を考えるにあたって、まずは、現在の公立学校教師の仕事の現状を把握したいと思います。
 教師の仕事の中心が授業にあることは間違いありません。
 しかし、日本の公立学校の先生の中で、授業だけをしている先生なんて、全くといっていいほどいません。
 部活の顧問、運動会、入学式等の準備、生活指導といった校内の仕事に加え、悩みを持つ子供たちの気持ちに寄り添ったり、朝起きてこない子供を迎えに行ったりといったことまですることもあるというから驚きです。
 仕事は非常に広範囲で、オフィスワークのように時間を見積もることもできないような内容です。
 これはもうほとんど、「一人一人の親代わりになることを求められている」といっても過言でないようなレベルだといえます。
 
【教師の仕事とは何か?】
 公立学校の教師は、どこまでこなすべきなのでしょうか。
 たとえばアメリカやイギリスでは、教師の労働時間は授業時数をベースに決められるようです。
 教師は授業をすることの専門家のような存在であって、生活指導などは他の専門スタッフに任せるという制度になっているのです。
 これに対し、今の日本の公立学校の教師は、先ほど述べたような広範囲の業務を、なんでも屋のようにすべてこなしています。
 生徒と触れ合う中で必要になる様々な仕事を、専門スタッフを利用して分業にすることも、ある程度必要なのではないでしょうか。
 分業にすれば、教師は、本来の仕事である授業をするということに全神経を集中させることができ、授業の質も上がることが期待できますし、子供たちは、生活指導や精神的なケア等は、専門スタッフから受けることができます。
 つまり、専門スタッフを利用することは、教師のためだけではなく、子供たちのためにもなると考えられるのです。

次回は、部活は教師の労働に含まれるのか?を考えます~

法律に関する新たな記事「教師の残業問題」の連載開始!

お知らせ
08 /09 2017
「教師の残業問題」・・担当:岡井弁護士
 今、残業問題が大きな社会的な問題となっています。
 公立学校の先生については、夜遅くまで仕事をしても、また、休みの日に部活の試合に生徒を引率しても、残業手当がつかないという話を聞きました。
 そのような話文字色は本当なのか?法律的に見て問題はないのか?
 当事務所の若手弁護士岡井が様々な観点から問題点を取り上げ、解説していきます。

残暑お見舞い申し上げます

お知らせ
08 /07 2017
残暑お見舞い申し上げます

お寺と庭も悪くはないけれど、
京都は歩いてこそ値打ちがある。
歴史のかけらがそこここに残っている。
例えば、白川近くの光秀の首塚とか、
幽霊の子育て飴を売っている店とか。
暑い今は少し遠慮しているが
秋、涼しい風に背中をおされて
狭い路地の中まで入り込むのが
ツウの楽しみかたである(エヘン!)
(大澤龍司)

※誠に勝手ながら、8月11日(金)から15日(火)まで夏期休業とさせていただきます。
上記休業期間中にお電話・FAXまたはメールにてご連絡頂いた場合は、
8月16日(水)以降に順次返信させていただきますので、ご了承くださいますようお願い申し上げます。

燕温泉:春の雪原を行く

ボス弁:季節のこころ模様
06 /19 2017
タイトル画像(妙高2)決定


(妙高高原滞在3日目の5月5日は燕温泉に行った。
その写真と簡単な文章をお届けする。)

硫黄のにおいがする。
狭い道を水が流れている。
雪解け水ですか?と聞くと
先生は、硫黄の匂いがするから、温泉の水だろうという。
細い道の右側に旅館やペンション風の建物がある。
左側には土産物屋が3軒ほどある。
燕温泉はそれだけの街並みであった。



①燕温泉の街並み
燕温泉の街並み、道の左右の建物で全てである


坂道の上がり切ったところは雪景色だった。
赤倉温泉から更に登ってきたバスの終点、
燕温泉は標高1100メートル。
5月5日なのに、冬がまだたっぷりと残っていた。


②坂道の行きついたところは雪原
坂道の行きついたところは雪原となっていた


土産物屋に《バスタオル レンタル料 400円》との看板があった。
《こんなところでバスタオル?》と不思議に思った。
雪の斜面を登って行く。
先生が先頭だ。
足取りもしっかりしている。
80歳を超しているが、達者なものだ。


③春の雪
春なのに、ほら、こんなに雪が



15分程、登ったところに露天風呂があった。
男風呂と女風呂とは分かれているが、
風呂は外からはほぼ丸見えであった。
バスタオルはここで必要になるということらしい。



④男風呂
男風呂は雪原から丸見えであった


斜面の途中で滝が見えた。
惣滝といい、はるか遠くの山の方にある。
日本の滝百選に選ばれたという。


⑤惣滝
はるか遠くに流れ落ちる惣滝がみえた

  


⑥雪原
雪原を下りていく人あり・・


雪の斜面から降りてきた後、《花文》という宿の風呂に入った。
《燕温泉》のバス停のすぐ上にある建物だ。
丁度、昼過ぎだった。



⑦花文
 《花文》というしゃれた名前だった


服を脱いで風呂の扉を開けたとき、驚いた。
風呂場の床に寝ている人がおり、立ち上がってきたのである。

昔、九州の指宿温泉に行ったとき、地域の共同浴場に入ったことがある。
そこの風呂場に横たわっている人がいた。

木の枕があり、床面近くに開けられた窓から風が吹き抜けていた。
いかにも気持ちよさそうであった。

そのとき、いつか、このような経験をしてみたいと思った。

この燕温泉で洗面器を枕代わりにしてしばらく、寝転んでみた。

残念なことに、心地よいという感じではなかった。
風が吹き抜けていなかったせいだろう。

薄い乳白色の湯で、ほこりのような湯の花が水中を漂っていた。
穏やかなぬくもりがある、とてもいい温泉であったが。

時間が戻るが、雪原で一服しているときのことだ。
撮影しようとしたところ、先生が空を見上げていた。
しばらくの間、そのような姿勢を続けていた。
何を見ていたのだろうか。


⑧好田先生
 《おお、神よ!》


先日、お会いしたときにこの写真を見ていただいた。
この写真、《おお、神よ!》というタイトルにしようと思っているのですよ、と言ったら笑っておられた。

その時、何を見ておられたのかは聞かなかった。
先生も説明されなかった。

なにか《聖なるもの》を感じられたのか、あるいは空を飛ぶ鳥をみておられたのか。
説明することでもなく、質問することでもない。

答えがわからないままの方が、より印象深く、こころの中に留まるということもあるだろう。

(弁護士 大澤龍司)

5月の風に吹かれて妙高山を撮る

ボス弁:季節のこころ模様
06 /06 2017
タイトル画像(妙高2)決定


妙高山を見るための一番、定番の場所は《いもり池》である。
実は昨年の9月、長男と来たことがある。
その時は曇りで、妙高山頂は雲の中であった。


①昨年のいもり池
昨年のいもり池。山頂は見えなかった。
水面は外来種の水草が大繁茂していた。



今回、5月3日と4日はスッキリと晴れており、
青空を背景にした妙高山を見ることができた。
まずはその写真を見ていただこう。



②雪を頂く妙高山と咲きだした桜
雪を頂く妙高山と咲きだした桜



ついでに妙高山に向かって左側の黒姫山の写真も載せておこう。
確か、昔、そういう名前の相撲取りがいた。

③黒姫山
黒姫山。妙高山ほどのゴツゴツ感はない
なだらかで、姫という名が似合っている



ところでここに載せた写真だが、ここに来たみんなが同じような写真を撮っているようだ。
手前にいもり池、そこに咲くミズバショウを入れたり、いれなかったり、そして頂上に雪を頂いている妙高山と役者がそろって、まるで絵葉書のような写真になる。
《きれいですねー》とほめられても、それは景色がいいのであって、撮影している人の腕前をほめているのではない。

まあ、率直に言えば、個性がない写真とでも言えようか。
目先を変えて、夕方に撮影したが、名脇役の夕焼けがないため、ただ、薄ら黒い山になってしまった。


④夕方撮影
夕方に撮影。
夕焼けがあればもっと違う感じになったが。



前景を変えようと、いもり池のバス停から建物を入れて撮ってもみたが、これも、又、絵葉書写真になっている。


⑤いもり池のバス停からの絵葉書写真
いもり池のバス停からの《絵葉書写真》


前景に人を入れてみたらと考えて、好田先生を入れた写真を撮った。
もし、魅力のある写真になっているとすると、それは先生の持ち味が写真に反映しているということだろう。

代り映えしないというのなら、それは私の写真の腕が悪いということにしておこう。
より、悪くなったというなら、それは・・・・


⑥好田先生
我が恩師、好田先生


ついでに頂上にかかる雲をいれた写真もご覧いただこう。
少しはアクセントになっているだろうか。


⑦妙高高原3日目の朝
妙高高原3目日の朝、今日も爽やかである


いもり池から苗名の滝方面にバスで10分ほど走ったところに、杉野沢を超えたあたりには畑が広がっている。
信濃の黒茶褐色の土が広がっていた。
農家の女性が3人ほど、耕作をしていた。
ジーンズなどではなく、みんな野良着姿であり、それがかっこよく見えた。
いかにも風景に溶け込み、妙高山と一体の景色として溶け合っているようだ。
《あ、ここを撮影したい》と思ったが、バスはもちろんそんな気持ちを考慮することなく、サッサと通り過ぎていった。

ミレーの画で「落穂拾い」というのがあるが、あのように女性をアップしたようなものではなく、しかし、人物が点々のような小さいものでもいけない。
妙高山という大きな自然、農作業をしている人間の営み、それらを調和した形で写真に取り込むというのもいいかもしれないと思った。

突然、話が変わるが、妙高高原へは東海道新幹線経由(東京⇒長野)で来た。
静岡近辺で富士山が見えた。
曇りだったが、それでもふもとから頂上まで見えていた。
《絵に描いたような景色!》と声がした。
近くの座席にいた60代くらいの女性だった。
同じ言葉を3度も繰り返した。
車内に広がるような大きな声だったが、よほど、感激したのだろう。
窓の外の富士山を見たら、頂上まで見えていた、
しかし、曇天のため、背景は灰色で、私は感激などしなかった。
列車内の他の客も特に共感をするような雰囲気はなかった。
あの女性はなぜ、あのような感動をしたのであろうか。

今、カメラはデジカメ時代であり、ピントや露出だけでなく、その場の光が太陽光なのか電灯なのかまでも全て考えて、撮影してくれる。
もし、あの声を出した彼女がそんなカメラを持てば、どんな写真をとるのだろうか。
他人には見えない、彼女だけが見ている何かを撮影することができるのであろうか。

(弁護士 大澤龍司)