冬の奈良を歩く⑨《明恵上人が神を感じた場所》

ボス弁:季節のこころ模様
02 /19 2018
冬の奈良を歩く⑨
《明恵上人が神を感じた場所》


春日大社の本殿を右の方に行くと《明恵上人の遥拝所》と書かれた案内板がある。
道の脇に9つの石が置かれ、綱で囲まれている、ただそれだけがある。
上人は鎌倉時代の僧で、京都栂ノ尾の高山寺の住職であった(リンク:ブログ山の尾根の《明恵の松》)。
が、春日大社との関係をうかがわせる話がある。
この上人は、本当に純粋な人で、釈迦にあこがれ、その生まれたインドにぜひ行きたいと念願していた。
しかし、春日明神の《上人は日本を離れてはならぬ》という託宣があって、あきらめたという。
このような縁があったのであれば、明恵上人が春日大社に来たこともあったろう。
不思議なのは、その遥拝所は本殿から遠く、近くには社(やしろ)や祠(ほこら)など拝む対象《物》がないことである。
しかし、人は神を祭るために社を作るが、そのような建物が存在することによって、かえって神からへだてられ、身を持って感じることができなくなるのではないか。
案内には、この所から「春日大社本殿を遥拝された」というが、山や木に遮られて本殿は見えなかった。
山の斜面で、木々が生えているにすぎないが、まさにそのような場所で上人は神の存在を感じたのではないか。
本殿があろうがなかろうが、心に念じたその場所にこそ神はおられ、拝むべきであると上人は考えたに違いない。


遥拝所の案内板
綱で囲まれただけの遥拝所

綱で囲まれただけの遥拝所


(弁護士 大澤龍司)

コメント

非公開コメント