秋がもう、そこに・・

ボス弁のぽつり一言
08 /25 2016
秋がもう、そこに・・


小学生のころだったか、

夏の甲子園が終わるころには

なぜか悲しかった。

もうすぐ、夏休みが終わるからだ。

ただ、それにしても

《もう少しだが、夏休みがある》と思う人間と

《もう、夏休みは終わったのだ》という人間と

2種類あるが、自分は後の方の人間だった。

①コスモス
40年以上も前であるが、

夏、長野の野沢温泉に長期滞在したことがある。

学生村という制度で、

安い金額で民宿に長期間宿泊させてくれた。

《池分》という民宿が気に入り、

司法試験の勉強をするということで

大学時代の数年間、野沢で過ごし

妻知恵子とも知り合った。

野沢温泉は山の中にあり、スキー場で有名だ。

学生村には多くの学生が集まっていた。

しかし、お盆を過ぎると、途端に学生の姿が消えた。

涼しい風が吹くようになり、

どこから出てきたのか

多くの赤とんぼが飛びまわるようになった。

ああ、山村の秋はこのようにしてくるんだと思った。②シュウメイギク

さて、今、大阪では、連日、35度を超す暑い日が続いている。

しかし、日差しにもやや疲れが見える。

夜、帰宅するときに風も吹くようになり

心なしか、涼やかなように思える。

コスモスの種を撒き、その苗を庭に植えた。

そのうちの1本がすでに2つ目の花を咲かせている。

秋明菊の白いつぼみも膨らみだした。

秋は、もう庭の隅っこでもう始まっている。

(大澤龍司)

天才数学者の顔

ボス弁のぽつり一言
07 /01 2016
天才数学者の顔


先日の朝日新聞に岡潔先生の記事がありました。

(今こそ岡潔)数学の本質「論理ではなく情緒」


内容もおもしろく、いかにも岡先生らしいですが、

何よりも顔の写真がすごいです。

常人離れした顔で

これをどう表現していいのか

ともかく数学の天才とはこのようなものかという感じです。

アボガドロであったか、あるいは他の人であったか、

数学者の顔をたしか、教科書で見たことがありますが

その人の顔も極めて特異な顔でした。

数学者とは、凡人では計り知れない能力の所有者という感じですが

それが顔に出ているのでしょうか。

そういえば、亡くなった家内の弟が

兵庫教育大で数学の教授をしています。

これはいたって普通の顔です。

天才ではないということでしょうか。

(大澤龍司)

銀閣寺の《銀》はどこにあるのか?

ボス弁のぽつり一言
06 /17 2016
銀閣寺の《銀》はどこにあるのか?


金閣寺は人気があるし、わかりやすい。

行けば、拝観客がいつも長い列を作っている。

金閣寺の正式な寺名が鹿苑寺であるのに、なぜ《金》閣寺なのかはだれでもわかるだろう。

境内に入れば、すぐに池上の黄金色の建物(舎利殿)があり、水面に映った姿とともに燦然と目に飛び込んでくる。

さて、それなら銀閣寺はどこに《銀》があるのか。
銀閣寺

国宝である観音殿や方丈にはどこにも銀は使われていない。

庭の銀沙灘は小砂利が敷かれているにすぎない。

池も東山のふもとに広がる境内の木々にも、銀もなく、銀箔を貼ったものさえない。

銀閣寺がなぜ《銀》閣と呼ばれるのか、知っている人は少ないだろう。

鹿苑寺が《金閣寺》と江戸時代に呼ばれるようになり、
金閣寺の舎利殿と銀閣寺の観音殿が似ているから、《銀閣寺》と呼ばれるようになったという説がある。

金閣寺のは3層建だが、銀閣寺は2層である点を除けば、建物としては確かに似ている。

しかし、建物が似ているだけで銀閣と名づけられたのではないと思う。

私の意見(あるいは妄想というのが正しいというべきか)は、史実に基づくものとは言えないかもしれないが、案外、当たっているかもしれない。

金閣寺は足利3代将軍義満が、銀閣寺は8代将軍義政が造営した。

義満の時代は平和であり、将軍としての力も強く、金という高価なものを豊富に使うことができた。

それに対し、義政の時代は既に応仁の乱が始まっており、世の中が乱れていたのに加えて、彼自信が無能な将軍といわれているように自らの手で豊かな財源を作り出すような才覚もなかった。

しかし、それでも、金閣寺に対抗するような寺を作りたいと考えたに違いない。
銀

義満が金なら、私は銀でやると考えた。

さて、どうするかと思い悩んだ義政が、ある夜、鴨川の橋を渡ったときだ。

流れる川の水に月の光が反射してきらきらと光っているのを見て、《これだ!》と気がついた。

銀を使わなくとも、銀があるように見えればよいのではないか。

庭に小砂利を敷けば、満月の夜などは月の光で銀のように見える。

砂利ばかりでなく、地面に筋をつければ、その影の黒さとの対比で銀色がいっそう引き立つのではないか(ぜんざいの甘さを増すために塩を入れるように)。

いやいや、銀のように見える必要さえない。。いぶし銀

銀と思う(見立てる)ことができればいい。

庭の池も月を映しているが、それも銀と見立てる。

緑の木々はほとんど黒にくすんでいるが、

月の光に浮かんでかすかに光を放っている。

これもいぶし銀と見立てることができる。

このように、義政の頭の中に、一瞬にして銀閣の構想が出来上がったのではなかろうか。

金閣は、単に舎利殿という建物という《点》だけが金だが、俺の銀閣は庭も周囲の山も全てのものが銀であり、決して義満には負けておらず、むしろこれを凌駕しているではないか。

義政はそう思ったに違いない。

こうして銀閣は出来上がった。
銀閣寺全景

中天に昇った月の光のなか、義政は銀閣の庭の端に立っている。

何時間も身動きせずに立っていることもあれば、
誰に聞かせることもなくブツブツと何事かをつぶやいているときもある。

月はこのような義政を、いや、その周りの庭、池も木々もすべて慈しみをもって照らしている。

こんな情景を描けば、《慈照寺》というこの寺の名もおのずから納得できるのではなかろうか。

参考までに言えば、この寺名は義政の遺命により命名されたということだ。

(大澤龍司)

これこそ庭!というものかもしれない。

ボス弁のぽつり一言
06 /02 2016

これこそ庭!というものかもしれない。
 ~銀閣寺の門にたどりついて~


銀閣寺門と背景の東山

銀閣寺で《本当にすごいなぁ》と思った。

国宝の建物にではなく、外国人の多いことでもない。

寺の後ろの山が、である。

様々な木々の緑が輝き、
山肌を覆い尽くしており、
ふもとから頂上まで緑に燃えているというべきか。

庭園の背景の山などを《借景》ということがあるが、林の中 P1100082
そのとき、山の緑は間違いなく《主景》だった。 

銀閣寺の庭園は
波紋の銀沙灘(ぎんしゃだん)と白砂の向月台(こうげつだい)で有名だが、
昼に見ると砂利の白い庭でしかない。

順路をいけば上がり坂になり、木々の中に入っていく。

東山の緑の木々の下だから、
鬱蒼として薄暗いのかと思っていたが、木々の向こうの板塀
意外と明るい。

手入れもよくされており、
ところどころで夕方の太陽が差しこんで、
枯葉と苔の地面を照らしている。

よく見るとところどころに板塀があり、
この林が銀閣寺の境内であり、
寺の庭の一部だとわかる。

一番高いところから見れば、下の方に国宝の銀閣が見えるが、
緑の木々の中に孤立して、まるで飲み込まれそうな感じだ。

畳や縁側から眺める庭ではないが、銀閣寺門と背景の東山
人も寺もすっぽりと包みこまれるような感じを抱かせる場所だから、
この林も一種の庭と言っていいのかもしれない。


(大澤龍司)

※写真上から
①銀閣寺門と背景の東山
②木々の中
③木々の向こうの板塀
④緑に飲み込まれそうな銀閣寺観音殿

《パディッシュ》から来た老婦人たちの道案内

ボス弁のぽつり一言
05 /18 2016

《パディッシュ》から来た老婦人たちの道案内
 ~緑、競い合うこの季節、銀閣寺道から哲学の道へ~


交差点に白人らしいが、2人のおばあさんが立ち止まっている。

人に何か聞きたそうな顔をしている。

近づいて行くと手に持った地図の中の《Ginkakuji Temple》を指差している。

あぁ、それならちょうど行くところだ、一緒に行けばよいと思った。
銀閣寺 参道

I want to go Ginkakuji Temple.

Go with me.

こんな英語でも通じたのか、2人は大きくうなずき、なんと日本語で「ありがとう」と言う。

そこから銀閣寺の門前まで、普通なら7~8分程度で行きつくはずだった。

ところが、歩きがゆっくりで、倍くらいの時間がかかりそうだ。

途中、どこからきたのかと聞くと、「パディッシュ」という。

そんな国、あったけ?

少し背が低く、かつ皮膚の色がやや浅黒い。

中南米?しかし、そんな名前の国ってあったけ?

一生懸命、考えている僕の顔を見て、2人は「パディッシュ」、「パディッシュ」と繰り返す。

結局、わからずじまいだった。

銀閣寺の門の近くに行くと人の流れができている。

話も通じず、このままゆっくり行くのも・・と思い、
途中で「まっすぐに行ってください、5分程度で着きます」という趣旨のことを(英語で)言って、別れた。

銀閣寺の拝観券を買って、門を入ったところでやっと気がついた。
銀閣寺

あぁ、「スパニッシュ(Spanish)」なんだ、スペインから来た人たちなんだ!

最初の《ス》が聞こえず、
又、《パ》に強くアクセントを置いて発言していたので
《ニ》が《ディ》と聞こえたということのようだ。

もし、英語がもう少しできたら、
彼女たちがスペインから来たこともすぐにわかっただろうし、
《どんな国なんですか?》とか《ガウディは・・》とかいう話もでき、
《日本に来てどんな感じですか?》という感想も聞けたであろう。

金閣寺までの道のりに時間がかかっても、
それがかえって、ゆっくりと楽しい会話の時間になったのにと残念な気持ちであった。

さて、これをいい機会に、この歳で英語でも勉強しようかという気になった出来事だった。

(大澤龍司)

※写真(上)は銀閣寺への参道(イメージ)
※写真(下)は銀閣寺